日本でも海外のスタートアップの記事を目にすることも多いですが、日本では情報が少ないブラジルの起業家の様子を探るべく、ブラジルベンチャーキャピタルが独占インタビューでブラジルの起業家に迫ります。
ブラジルのスタートアップ最大の成功事例と言われるBuscapé(ブスカペ)の創業者、Romero Rodrigues(ホメロ・ホドリゲス)氏へのロングインタビュー、最終章です。
なぜブスカペは大きく成長できたのか?
黒字化に成功して勢いよく成長することができたブスカペであったが、サイト立上げ当初の成長の原動力はなんだったのであろうか?
ホメロは「今でいう、グロース・ハッキング、つまり、成功へのチャンスを見つけ、企業の成長のために具体的な戦略を迅速かつクリエイティブに立案・実行してきました。」
例えば、ネット上で紹介キャンペーンをはじめておこなったのもブスカペだった。
当時ブスカペのサイトに、「今すぐ会員登録!新規会員とその紹介者に、抽選でウェブカメラをプレゼント!」と掲載した。「瞬く間に7000件の新規会員が登録しました。これは当時としては快挙でした。」このキャンペーンの時には従来0.7%から1.5%程度のクリック率が、23%まで上昇するほどだった。
別の例では「各社のページに、ブスカペの検索ウィンドウをアイコンとともに乗せてもらい、ブスカペに飛ぶアイコンがクリックされるごとに、ブスカペが各社に料金を払うことにしたのです。
結局、このルートによるブスカペへのアクセスは、全体の40%を占めるようになりました。今にしては当たり前に行われていることかもしれませんが。当時としては新鮮でしたし、とにかくいろんなアイディアを試して試行錯誤を繰り返しながら成長を続けていきました。」
投資家の再構成とブスカペを去る決断
ホメロ達は約束通りの成長を続けており、更なる成長に向けて事業を推進していたが、投資家たちはそろそろ自分たちの投資利益を確定したいという意向が日に日に強くなってきた。
そのため、新たな資金調達を起こい、既存投資家であるウニバンコ、メリルリンチ、E-platformが保有する株式を含め、40 百万ドルでグレート・ヒル・パートナーズへ売却した。
またこの資金調達の際にブスカペの更なる成長のためにM&Aを中心とした成長戦略の切り替えを行う。
「価格比較サイトは引き続き収益性が高かったので、ここでの儲けを新たな買収や投資計画のために費やしました」とホメロは語る。
2006年、ブスカペは最大の競合企業であるBondfaroを買収、
2007年にはEコマースでの消費者購買行動調査を請け負うe-bit社を買収、
2008年にはオンライン決済会社Pagamento Digital社株式の85%、またリスク管理ソフト開発会社FControl社株式の70%を買収した。
また、この間に2007年には、南アフリカのメディアグループのNaspersがブスカペへのアプローチを始め、2008年にはNaspers社からブスカペの買収を提案されるが、「ブスカペの買収を提案してきたものの、当時提示された価格は低いものだった」として受け入れなかった。
その後もNaspersからのアプローチは続き、2009 年には当時の想定よりも3倍高い価格アグレッシブな提案を受け、最終的には受け入れることになる。
最終的にNaspersは342百万ドルでブスカペの株式の91%を購入した。バブルが弾けた2000年以来、ブラジルではドットコム企業の大きな合併事案はなかったこともあり、このNaspersによるブスカペを買収は大きなニュースとなった。
また、これは当時ブラジルのインターネットビジネス業界で史上3番目に大きな買収となった。特に独立系の本当にゼロから立ち上げたスタートアップとしては最大のものだった。
「売却を決めるまではいろいろ悩みもしました。ただ、当時のブラジルの環境を考えるとIPOは、共同創業者にとっても、投資家にとっても、必ずしも最良の選択ではないと思っていたので、そこを目指すことはしませんでした。結果的にNaspersはブスカペにとって非常に良いパートナーとしてその後も事業拡大を続けることになったのを見ても、Naspersとの提携は最良の選択だったと思っています。」
その後、ホメロは引き続きCEOとしてブスカペに残り、2015年まで指揮をとっていたのでこの言葉は本当だろう。
ブスカペ退職後の現在、ホメロはブスカペでの役目を終えてブラジル三大ベンチャーキャピタルの一つ、レッドポイントにてパートナーとして新たなステージで活躍を続けている。
起業家へのメッセージとして
Q. 成長の中で多くの投資家が興味を持ったと思いますが、どのように投資家を選択してきたのでしょうか?
A. 「投資家との関わり合いの中で常に心がけたことは3つあります。
- 投資家との間で会社の利益と期待について同じ方向性を持つことです。インキュベーターであるE-Platformにとって我々は唯一の投資案件だったので次の投資を受けるという目的を共有していました。グレート・ヒルが参入したときも、我々の目的と先方の期待は明確に合致していました。
- 正しいパートナーを選ぶには、相手をよく知らなければいけません。ある種、マーケット調査を行うようなつもりで様々なレファレンスをとりました。ブラジルの起業家たちはもっとこの点を重視すべきだと思います。
- 最後にポイントになるのは人としての相性だと思います。よく出る例ですが、「空港でその投資家といたとして、天候などの理由で空港が閉鎖され、その人と6時間も過ごさなくてはならなくなったとしたらどう思うか」を考えます。もし耐えられないならば再考が必要です。7年間もビジネスパートナーであり続けることは、結婚よりも多くのことを乗り越えなくてはならないので。
Q. もし学生時代に戻ったとしたらもう一度同じことをやりますか?
A. 今振り返ってみるととても大変でしたが、もちろんもう一度やりますよ。これまでの教訓を踏まえて、どの点を変えるかはわかりません。私たちは数々の失敗を犯しましたので、もちろん改善しようとは思うでしょう。
特に企業文化や部下との働き方について考えると、私は必ずしも良い上司だったとは言えなかったと思います。
例えば、間違ったことをしている部下を目にしては、『私がやるからいいよ』と言って仕事を取り上げてしまうようなことも当初にはありました。
自分の情熱をもって他の人々を鼓舞してきましたが、それだけでは十分ではなかったとも思います。
Q. ブスカペの成功によって人生が変わるようなことはありましたか?
A.何も変わらなかったわけではないですが、少ししか変わってないと思います。もともとシンプルなライフスタイルだったのも変わっていないですし。他の創業メンバーも同じじゃないかと思います。
ただ、起業の素晴らしいことは、成功したら、もしかしたら儲かるかもしれないということです。ただ、成功は単なる結果に過ぎず、目的ではないということは思います。
Q. ブスカペの売却後、何が起きましたか。
A. 多くの若者がブスカペのような会社を作りたいとして起業家の道を選び始めたのではないかと思います。
当時、優秀な若者はリスクを避けるために、公務員を志望する傾向にありました。今日では、非常に多くの若者が我々のような道を歩もうとしています。
2010~2011年に「君のアイディアは100万レアル!」という事業計画を募集するキャンペーンを実施したところ、1600件を超える応募が集まりましたし。
個人的にはその後、企業を支援するNPOのEndeavorと接点をもち、名誉起業家に就任しました。個人としてエンジェル投資も始めましたし、多くのスタートアップのボードメンバーとしてアドバイスをしてもいます。
Q. ブラジルのスタートアップシーンについてどう思いますか?
A. ブラジルのスタートアップシーンは健全な成熟プロセスを進んでいると思います。
年々スタートアップを取り巻く環境は改善を続けており、投資家も起業家も以前に比べてより洗練されてきています。
これは、EndeavorやCubo(イタウ銀行がスポンサーするスタートアップの支援施設)などのインキュベーターの存在も大きいと思います。
2年前の起業家は様々なコンセプトを理解しておらず、CAC(ユーザー一人当たりの獲得単価)と言ってもピント来ていませんでしたが、現在では多くの人が十分な知識を持って事業を立ち上げていると思います。
Q. 最後にブラジルの起業家へのアドバイスをお願いします。
一つ目は、今の時代大きな資産を持たずに起業することができるのはブスカペやグーグルを見れば明白です。企業にとってなにより重要なのは人材だと思います。
したがって、今一つ能力が足りてないと思うような社員でもあなたと同じように重要な戦力である、という考えをもって接することも大事だと思います。
二つ目は プロセスはゴールよりもはるかに重要だということを意識することです。
いつ成功できるのかと気にしすぎて、自分で勝手にフラストレーションを溜めてしまう人をよく目にします。
そういう人たちは何を成功と考えているのでしょうか?お金でしょうか?
もし成功すれば確かに大きく儲かりますが、儲かる可能性は非常に低いものです。他の職業についていた方がお金は稼げるかもしれません。
儲ける意欲よりも、社会を変える気概を持つべきです。成功を収めた人たちに共通するのは、まさに金儲けだけを目指していなかった点にあるだろうと思います。
Romero Rodrigues – ホメロ・ホドリゲス:
ホメロ・ホドリゲス氏はサンパウロ生まれのブラジル人企業家。小さいころから探求心が旺盛で、機械工学部卒の父を模範に育つ。最初の事業はティーンネージャーの頃に始めたパンフレットの印刷事業。大学生の時に、情報科学とプログラミングに熱中し、起業を決意する。在学中にブラジルのインターネット業界で最も大きな成功事例となるブスカペを設立し、2015年まで同社のCEOを務める。現在39歳になる彼はブラジルのベンチャーキャピタルのレッドポイント社の共同経営者である。
Buscapé – ブスカペ:
ブスカペはブラジル初の価格比較サイトとして、1998年にホメロ・ホドリゲス、ホナルド・タカハシ、ホドリゴ・ボルジェスによって設立された。(後に、マリオ・ラテリエも参画)今日、同社はブラジルの他、米国、アルゼンチン、コロンビア、チリ、スペイン、メキシコ、その他ラテンアメリカの15か国において事業を展開している。サイトの月間アクセス数は3000万、設立時に30点であった取り扱い商品は今日では1100万点を超え、価格比較の他に、電子商取引、ポイントサービス、消費者へのクーポンサービス、ペイメントサービス等を提供している。2009年には、南アフリカのNaspersグループに対し3.4億ドルで株式の91%を売却した、ブラジルのベンチャー企業最大の成功事例である。