スタートアップとして事業を起こす際に、他の起業家から学ぶことほど有効なことはないのではないでしょうか。
ブラジルベンチャーキャピタルのブラジルの起業家へのインタビューシリーズの第二弾、ブラジルのモバイルスタートアップ最大のスタートアップでブラジルに限らずマルチナショナルな成功を収めているMovile(モビレ)の創業者Eduardo Henrique(エドゥアルド・エンリケ)氏のインタビュー最終章です。
本章最後の起業家へのメッセージは国に関わらず参考になります。
シリコンバレーで世界と勝負できる!
2010年末にファブリシオは私を営業部へ戻し、Bradescoやブラジル連邦貯蓄銀行等の大手銀行やGoogleやTAM等の大企業向けにSMS(例えば、クレジットカードを利用した時のアラーム)パッケージの販売などを行いました。
その年、市場調査の結果Compera nTime YzvosはMovileに社名変更しました。改めて「Movile」として成長を始めることになります。
その後、2011年には再度イノベーション事業部長としてMovileのスマートフォン事業に関わることになり、HTML5(モバイル機器向けサイト構築に最も適したコード)の理解を深めるため、シリコンバレーを訪れるようになりました。
当時Facebookが方針を変更し開発者向けにHTML5のAPIをオープンします。その後、Facebook史上初となるモバイル開発者のハッカソンに私たちは参加することにし、30社と競い合うことなりました。
そして、多くの優秀な競合と勝負する中で私たちは優勝することができました!これはMovileにとって非常に大きな実績となりましたし、私たちにとって大きな自信となりました。
さらにその流れを受けて、弊社の創業メンバーの1人で、社内でも最もクリエイティブなアンドレアス・ブラゾウダキスが「Meu Chip(私のチップ)」と呼ばれるアプリケーションを開発しました。
このアプリはFacebook上の友達でこのアプリを利用する友達の電話番号と携帯電話会社が表示されるというものでした。ブラジルは携帯電話料金が非常に高いのですが、各携帯電話会社が利用者拡大のために、同じ会社間は無料通話としていたので、相手の携帯電話会社がわかることで誰に無料で電話できるかわかるようになったのです。
FacebookのAPIを使って通知を出してからたった3日間で全く何の広告も打たずに300万人のユーザーを獲得し、その年のバイラルマーケティングで世界で一番成功した事例となりました。
こうした成果をあげるなかで自分たちが「シリコンバレーの人たちとも十分競える!」と思える自信を深めていきました。
その後、2012年の2月には家族でカリフォルニアに移住し、Movileのシリコンバレーオフィスを立上げました。日々新たなことを学びましたが、この時にはアメリカのインターネット業界で成功した企業の近くに身を置くことで、シリコンバレーで物事が起きる仕組みを理解し始めることが不可欠になっていました。
こうした中でMovileがさらに改革する必要性を迫られる市場の変化が訪れます。
SMSからアプリへ
2007年から2012年迄の間、Movileの仕事は100%がVAS市場、つまりフィーチャーフォンと言われる従来の携帯向けのものでした。通信会社からの受注も多く、GSM方式から3G方式に移行するユーザー向けのさまざまなニーズに対応しながら、ブラジルでのこのエリアでは競合と呼べる相手がいないほど圧倒的な地位を築くことができました。
しかし、スマートフォンの波がブラジルにも押し寄せます。iphoneを中心に携帯電話が一気にスマートフォン化し、タブレットが大きく普及しはじめることで、これまでのSMS中心のサービスから携帯アプリ中心のサービスへの移行が求められました。
この変化には多くの企業が対応に苦労する中で、私たちも様々な試行錯誤を繰り返し、大きな投資を行い、また、多くの失敗を繰り返しました。
2012年には20以上のプロジェクトを始動しましたが、ほぼすべて惨敗に終わりました。
唯一うまくいったのが、意外にもたった3日の開発期間でローンチした子供向けのビデオアプリ「カナウ・デゼーニョ」です。月額9ドル99セントの課金アプリとして、有料にも関わらず多くの利用者を集めることができました。
このアプリをベースに2013年3月にリニューアルし「PlayKids」として再ローンチした結果、現在、100ヵ国以上で5百万世帯で利用されるアプリに成長しています。こうしたいくつかのアプリのヒットによってなんとかスマートフォンのアプリ市場に入ることができ、その後も成長を続けることができています。
その後、いくつかのラテンアメリカのスタートアップを買収しながら私たちは成長を続けています。また、よりラテンアメリカとのパイプという私たちならではの特長を生かすべく、つい先日Movileのアメリカの拠点をマイアミに移しました。これによりラテンアメリカのスタートアップとのネットワークを深めていく予定です。
今は変化のスピードが速い世の中です。Movileの現CEOであるファブリシオがいつも言うのは「おそらく我々がこれから数年のうちに生み出す数十億ドルは、今は存在しない事業から生まれることになるだろう」ということです。
事実、Movileの現在の市場価値の大部分は、4年前には存在していなかった事業から構成されています。企業がある程度大きくなった時に、そこにとどまらないこと、つまりコンフォートゾーンに留まらずに自らを革新し続け、変化を続ける市場に対応し続けることが事業の成功要因として非常に大きいのではないでしょうか。
起業家へのメッセージ
Q. これまでの様々な困難を乗り越えてこれた一番の要因は何だったと思いますか?
A. 私たち自身が作り出したカルチャーが自分たちを支えてくれたと思います。結果に集中すること、チームの目標を常に高く設定すること、常に利益を再投資すること、そして何より大事なのはコンフォートゾーンに止まらないこと。こういったモードで全力で取り組めるチームのカルチャーが重要だと思います。
Q. Movileの事業が成功した後で何が変わりましたか?
A. 成功したかどうか、というのが難しいですね(笑)。もちろんいくつかの競争には勝ってきたという意味では成功してきたと言えるかもしれませんが、そのような結果は私たちがやってきたことの一部、5%から10%を表しているにすぎません。
私たちがやっていることの大部分は問題を解決することで、厳しい局面に耐え、何度でもあきらめずに挑戦し、うまくいかなければ計画を変更して継続し続ける、ということです。
業家は上手くいくまで何度も失敗することがあることを理解しないといけないと思います。Movileが成功したと思える時が来るとしたら、それは「私たちのアプリによって何十億もの人々の生活をより良くする」という一番大きな夢を実現できた時が来たときかもしれません。
Q. 起業家として、お金とのつきあい方できをつけていることはありますか?
A. 昨年、39歳にして初めてまとまったキャッシュを手にしました。20年のキャリアの中で初めて部分的に株式を売却したのです。
CompernTimeの共同経営者になる時に、私自身がファブリシオの夢に100%買われたと言っても過言ではありません。私の当時の資産の90%以上がMovileに投資され、そのリターンも再投資され続けているのですから。
事業によって得たリターンを会社に再投資するというのは、私たちのカルチャーでは重要なことです。
Q. さまざまな困難を乗り越えてきた今、変わったことはありますか?
A. 常に目標が上がり続け、期待も大きくなる中で、より難しいことに挑戦するようになりました。
起業家として事業を続ける以上、むしろ変わらずに事業に対して情熱を注ぎ続ける必要があります。課題は増える一方で、出資を受けることで責任もプレッシャーが増えるわけですから。
Q. 20年後、ブラジルのスタートアップのエコシステムはどうなると思いますか?
A. ブラジルの起業家に対しては楽観し、期待をしています。一方で政治家がブラジルの景気回復に貢献するとはあまり期待していません。
ブラジル経済の回復のために大きな貢献をするのは、正に起業家たちだと考えています。起業家が新しい事業が生み出され、数十億ドルもの市場価値となるものを作り出してくれると思っています。
更に追い風なのは、今のブラジルではベンチャーキャピタル、エンジェル投資家、アクセラレーターといった出資を受ける環境が整いつつあることです。
20年前にはベンチャーに投資する人はほとんどいいませんでした。ブラジルの市場はすでに十分成熟していると思いますし、今後もさらに発展していくでしょう。
Q. ブラジルのスタートアップ市場に欠けているものは?
A. まず第一に、「エグジット」と呼ばれる、企業の戦略的な売却、合併、IPOについてもっと多くの成功事例が出てくる必要があると思います。こうした動きがより活発になってことでより多くのサクセスストーリーが生まれ、より多くの新しい起業家にモチベーションを与えられることになるでしょう。
Movileとしても他の企業の成長を助けられればと思っています。例えば、iFoodsというフードデリバリーのスタートアップを買収し、iFoodが大きく成長させるためにMovileで培ったすべての経験を利用して支援しています。
こうして内部でイノベーションを生み出し続けることで、革新的な起業家の成長を加速させるサポートをしています。そしてiFoodが大きくなることでさらに他の企業の買収をして事業を加速させていくでしょう。シリコンバレーでは60年も前から行われていることですが、こうした正のフィードバックがブラジルでも起きてくることが重要だと思います。
エドゥアルド・リンス・エンリケ:
コンピューターサイエンスとマーケティングのダブルメジャー。早期より携帯電話と広告の親和性の高さに着目し、1998年に大学在学中に起業。後に4社の統合を経てコングロマリット化した現Movileにて海外事業開拓の責任者を務める。
2012年から2017年までカリフォルニア州シリコンバレーでMovile米国オフィスを立上げた後、現在はマイアミに拠点を移し、ラテンアメリカとアメリカ市場をつなぐハブとしての役割を担う。
Movile:
PlayKids、iFood 、Apontador等、ブラジルで知らな人はいないメジャーな携帯アプリを提供。1998年に創業したが、現在のような形になったのは複数の企業の合併・買収を行った創業10年後のことである。直近8年間、年平均60%の成長を遂げ、推定年商は約300億円。フードデリバリーからチケット販売までを扱う同社のサービスの利用者は月間1億2千万人に達する。
ブラジル、アルゼンチン、コロンビア、メキシコ、ペルー、アメリカ、フランスの7カ国で展開し、目標は10億人以上のユーザーの生活にインパクトを与えること。
2017年には約55億円の出資を南アフリカの Naspersグループから受ける。バドワイザー、ハインツ、バーガーキング等の買収で知られるブラジル人著名事業家ジョルジ・パウロ・レマンの Innova Capitalファンドも主要株主として名を連ねる。